G-9RQD6QXHG0 現場を知らない人たちだけで、物流の未来を決めていいのだろうか|物流改革を現場から考える
物流の構造
PR

物流改革を現場まで降ろして考える|ラストワンマイルから見えた課題と、これからの物流

物流について話し合う人々と、住宅街で配送車のそばに立つドライバー。同じ街を見ながら「物流の未来、現場抜きで決めますか?」と問いかけるイラスト。
logicompass528@gmail.com
記事内に商品プロモーションを含む場合があります

この記事で伝えたいこと

この文章では、国が進めている物流改革を、ラストワンマイルの現場まで一つずつ降ろして考えます。

  • 国の政策と、実際の配達現場で起きていることには、どこにズレがあるのか。
  • 運賃、道路、受取場所、配達アプリ、住所や地図など、現場からなら何を足せるのか。
  • そして、制度ができてから不満を言うだけではなく、現場にいるドライバー自身が何を伝えていけるのか。

国を批判するための記事ではありません。

国が見ている物流と、今日そのコースを走った人にしか見えない物流。

その両方を重ねたとき、これからの物流をどう作っていけるのか。

この記事では、そこを考えていきます。

いま、国が物流を変えようとしている。

ドライバー不足、長時間労働、再配達、事故、運賃、多重下請け。
これまで物流の中で積み重なってきた問題に対して、さまざまな改革が進められている。

第1部|まず、国が何をしようとしているのかを見る

Contents
  1. 1.国が、物流を変えようとしている
  2. 2.国はいま、物流の何を変えようとしているのか
  3. 3.「再配達を減らす」を、現場まで降ろしてみる
  4. 4.「適正な運賃」を、現場まで降ろしてみる
  5. 5.「待ち時間を減らす」を、現場まで降ろしてみる
  6. 6.「トラックを効率よく使う」を、現場まで降ろしてみる
  7. 7.「長距離輸送を変える」を、現場まで降ろしてみる
  8. 8.「多重下請けを見直す」を、現場まで降ろしてみる
  9. 9.「ドライバーの働き方を変える」を、現場まで降ろしてみる
  10. 10.「AI・DX」を、現場まで降ろしてみる
  11. 11.「荷主にも物流改善を」を、現場まで降ろしてみる
  12. 12.調べる前より、国の見え方が少し変わった
  13. 13.それでも、現場からしか見えないものがある
  14. 14.物流を変えるのに、サービスだけは変えないのか
  15. 15.同じ「1個」は、本当に同じ仕事なのか
  16. 16.水1ケースも、封筒1個も「1個」なのか
  17. 17.全国一律、最低250円という土台を作れないか
  18. 18.物流を支えるなら、「届ける場所」もインフラにできないか
  19. 19.「受け取る場所」も、物流インフラにできないか
  20. 20.配達アプリそのものを、物流インフラにできないか
  21. 21.表札がなくても届く住所と、現場が育てられる地図へ
  22. 22.なぜ「二回目」ばかりを見ているのだろう
  23. 23.物流改革の最後に残るのは、人だと思う
  24. 24.私たちドライバーは、指をくわえて見ているだけでいいのだろうか

1.国が、物流を変えようとしている

私はいま、軽貨物の現場で毎日荷物を積んで走っている。だから、こうした動きを見ながら一つ気になっていたことがある。

現場を知らない人たちだけで、現場の未来を決めてしまって大丈夫なのだろうか。

国の人が、毎日軽バンに荷物を積んで住宅街を走っているわけではない。

一軒の家を探して何分も走ったり、停める場所がなくて周囲を回ったり、地図のピンとは違う場所にある玄関を探したり。
そうした毎日の小さな出来事まで、制度を作る側から見えているのだろうか。

そんな疑問があった。

でも同時に、私は国が物流について実際に何をしようとしているのか、詳しく知っていたわけでもない。現場で新しいルールを聞くたびに、「これ、本当に現場でできるのかな」と思うことはあった。

それでも、その制度がなぜ作られたのか、その向こう側まで調べることはほとんどなかった。

だったら、まず知るところから始めてみよう。

国はいま、物流の何を問題だと考えているのか。何を変えようとしているのか。
そして、それを実際の現場まで降ろしてみたら、どんな景色になるのか。

今回は、そこから考えてみたい。

2.国はいま、物流の何を変えようとしているのか

では、国はいま物流をどう変えようとしているのだろう。

調べてみると、法律や制度、検討会など、かなり多くの取り組みが動いている。専門用語のままでは少し分かりにくいので、ここでは細かな制度名はいったん置いて、できるだけ身近な言葉にしてみる。

大きく分けると、こんな方向だ。

荷物を積むまでの待ち時間を減らす。
荷主のところで、ドライバーが長時間待たされる状況を減らしていく。

トラックをもっと効率よく使う。

荷台の空きを減らしたり、複数の企業が一緒に荷物を運んだりして、一台で運べる量を増やしていく。

再配達を減らす。
置き配や宅配ボックス、コンビニ受取など、一度で荷物を受け取れる方法を広げていく。

長距離輸送を、トラックだけに頼らない。

鉄道や船なども使い、長距離を走り続けるドライバーの負担を減らしていく。

運ぶ仕事に、適正なお金が回るようにする。
燃料費などの上昇も考え、必要な費用を運賃に反映できる仕組みを整えていく。

何重にもなる下請け構造を見直す。

実際に荷物を運んでいる事業者まで、適正な条件や対価が届く仕組みを考える。

長距離ドライバーの働き方を変える。
途中でドライバーを交代する中継輸送など、一人が長時間走り続けない方法を広げていく。

AIやデジタル技術を使う。

自動運転、倉庫の自動化、さまざまな情報のデジタル化などによって、人手不足や作業負担に対応する。

荷物を運ぶ側だけに、物流改善を任せない。
荷物を出す企業にも、物流を効率化し、持続させるための取り組みを求めていく。

こうして並べてみると、物流改革といっても一つの問題だけを扱っているわけではない。

道路を走っているドライバーだけではなく、荷主、運送会社、倉庫、受け取り方、運賃、デジタル技術まで、かなり広い範囲を変えようとしている。

では、この一つひとつを実際の現場まで降ろしてみたらどうなるだろう。
制度として見ているだけでは分からないものも、そこにはある。

第2部|その改革を、現場まで降ろしてみる

3.「再配達を減らす」を、現場まで降ろしてみる

国が進めている物流改革の中でも、私たちの生活にかなり近いのが「再配達の削減」だと思う。

置き配や宅配ボックス、コンビニ受取などを活用して、一度で受け取れる荷物を増やしていく。
同じ荷物をもう一度運ばなくて済むのだから、ドライバー不足への対策としても大切な取り組みだ。

私も、再配達を減らしていく方向には賛成している。

ただ、実際に配達していると、一つ気になることがある。

「再配達になった」という結果だけを見ていて、本当の原因は分かるのだろうか。

一度で配達できなかった理由は、単純な不在だけではない。

オートロックの中へ入れなかった。宅配ボックスがすべて使用中だった。
住所が不足していて、届け先を特定できなかった。

荷物に書かれた名前と表札が違い、本当にこの家へ届けていいのか確認できなかった。地図上のピンが、実際とは違う場所を示していた。

どれも結果だけを見れば、「一度で配達できなかった荷物」になる。

でも、原因が違えば必要な対策も違う。

不在が原因なら、受け取り方を増やすことが役に立つ。住所が原因なら、注文時の住所情報を改善する必要がある。
宅配ボックスが足りないのであれば、必要なのは受取人への呼びかけだけではなく、設備の問題かもしれない。

だから、再配達率を下げるという数字と一緒に、

「なぜ一度目で配達を完了できなかったのか」

まで見られる仕組みが必要だと思う。

再配達という結果を数えるだけではなく、その手前にある理由を知る。
それができれば、「再配達を減らす」という政策も、現場で起きていることに合わせて、もっと細かく対策できるのではないだろうか。

4.「適正な運賃」を、現場まで降ろしてみる

国はいま、物流を持続させるために「適正原価」という考え方を制度に取り入れようとしている。

運送事業を続けるために必要な費用を把握し、それを継続的に下回らない仕組みを作っていく。
方向としては、とても大切なことだと思う。

では、この「適正」という言葉を、軽貨物の現場まで降ろしてみたらどうなるだろう。

軽貨物の仕事で必要なのは、燃料だけではない。

まず、仕事をするための車が必要になる。任意保険に入り、タイヤを交換し、オイルを交換し、車検を受ける。
故障すれば修理費もかかる。

毎日走り続ければ、当然、車の消耗も早くなる。そして何年かすれば、次の車への買い替えも必要になる。

ここで考えなければならないのは、これから先の車両価格だと思う。

車は以前より多くの電子制御や安全装備を搭載するようになり、車両価格が上がれば、次の車を用意する費用も大きくなる。
さらに車が高度化していけば、修理や整備にかかる費用についても考えなければならない。

つまり「適正な原価」を考えるとき、

いま、この車を走らせるためにいくら必要なのか。

だけでは足りない。

数年後、この車が寿命を迎えたときに、次の車を買って仕事を続けられるのか。そこまで考える必要がある。

今日生活できるだけではなく、一年後も仕事を続けられる。車が故障しても直せる。必要な整備ができる。
車が寿命を迎えたとき、次の車を用意できる。

そこまで含めて初めて、「この仕事は持続できる」と言えるのではないだろうか。

今日いくら稼げたかだけではなく、この仕事を何年も続けられるだけのお金が残るのか。

「適正」という言葉を現場まで降ろすと、そこまで見えてくる。

5.「待ち時間を減らす」を、現場まで降ろしてみる

国が物流改革で問題にしているものの一つに、ドライバーの「待ち時間」がある。

荷物を積むために物流施設へ到着しても、すぐに作業を始められず、長い時間待たされる。
その時間を減らすことで、ドライバーの拘束時間を短くし、限られた時間を実際に荷物を運ぶことへ使えるようにする。

これは、物流を効率化するうえで重要な取り組みだと思う。

では、この「待ち時間」を、ラストワンマイルの軽貨物まで降ろしてみるとどうだろう。

大型トラックのように、物流施設の前で何時間も荷待ちする場面は少ないかもしれない。けれど、一日の仕事を細かく見ていくと、

荷物を運んでいない時間は、意外とたくさんある。

配達先の近くまで来たけれど、車を停められる場所が見つからない。オートロックで応答を待つ。
届け先が見つからず、周辺を探す。住所と地図のピンが合わず、確認する。

一つひとつは数分でも、一日に100軒、150軒と回る仕事では、その数分が積み重なっていく。

もちろん、これは国が問題にしている「荷待ち」とまったく同じものではない。

ただ、現場まで視野を広げてみると、

ドライバーが動けずにいる時間は、物流のさまざまな場所に存在している。

大きな待ち時間だけではなく、小さな待ち時間の積み重ねまで見る。
「待ち時間を減らす」という考えを現場の一番先まで降ろすと、そんな景色も見えてくる。

6.「トラックを効率よく使う」を、現場まで降ろしてみる

国が進めようとしているもう一つの方向が、車両をもっと効率よく使うことだ。

荷台に空きがある状態でトラックを走らせるのではなく、できるだけ多くの荷物をまとめて運ぶ。企業同士で荷物を一緒に運ぶ共同輸送なども、その一つだ。

限られたドライバーと車両で、より多くの荷物を運ぶ。
ドライバー不足が進む中では、必要な考え方だと思う。

では、この「効率よく積む」を、ラストワンマイルまで降ろしてみるとどうなるだろう。

軽貨物の現場でも、一台の車にできるだけ多くの荷物を積めれば、数字の上では効率がいいように見える。

けれど、最後に一軒ずつ配る仕事では、

積めることと、無理なく届けられることは同じではない。

荷物が増えれば、車内から目的の荷物を探す時間も変わる。大きな荷物が多ければ、積み方そのものも難しくなる。

荷室いっぱいまで積めば、途中の荷物を取り出すために別の荷物を動かさなければならないこともある。
さらに、車に積める量と、一人のドライバーが決められた時間の中で安全に配り切れる量も同じとは限らない。

だから現場まで降ろして考えると、

「一台にどれだけ積めるか」だけではなく、「その量を人が安全に届けられるか」まで含めて効率なのではないか。

積載の数字だけではなく、その先にいる人の動きまで見る。
「効率」という言葉を現場まで降ろすと、そこまで含めて考える必要があるのだと思う。

住宅街から幹線道路、物流センターまでがつながる郊外の物流風景。配送車や大型トラックが走り、人々が暮らす街を斜め上空から見渡している。

7.「長距離輸送を変える」を、現場まで降ろしてみる

国は、長距離輸送をトラックだけに頼らない物流へ変えようとしている。

鉄道や船をもっと活用し、長い距離を一人のドライバーが走り続ける負担を減らしていく。いわゆるモーダルシフトも、その取り組みの一つだ。

これは、私が普段走っている軽貨物の配達とは少し離れた話に見える。
私たちが担当するのは、物流の最後の区間だ。

けれど当然、その荷物は最初から配達拠点にあったわけではない。

商品が作られた場所や倉庫から運ばれ、いくつもの物流拠点を通り、最後に私たちの車へ積まれている。

つまり、ラストワンマイルだけを見ていても物流全体は分からない。

長距離輸送のどこかで人や車が足りなくなれば、その先にある配達にも荷物は流れてこない。
逆に、長距離部分を効率化できても、最後にはその荷物を一軒一軒へ届ける区間が残る。

物流は、長距離輸送とラストワンマイルのどちらか一方だけを変えれば完成するものではない。

長い距離をどう運ぶか。そして最後の数キロをどう届けるか。

普段は別々の問題に見える二つも、一つの荷物を追いかけてみれば、同じ物流の途中にある。

8.「多重下請けを見直す」を、現場まで降ろしてみる

国が物流改革の中で問題としているものの一つに、多重取引構造がある。

荷主から仕事を受けた会社から、さらに別の会社へ。そこからまた別の会社へ仕事が渡っていく。

間に入る事業者が増えていけば、実際に荷物を運ぶ事業者まで適正な対価が届きにくくなる。
だから、その構造を見えるようにし、実際に運ぶ側まで適正な条件が届くようにする。

この方向も必要だと思う。

では、これを実際に荷物を届けているところまで降ろしてみる。

そこで一つ、気になることがある。

多重下請けでなければ、末端のドライバーには適正なお金が届いているのだろうか。

現場には、さまざまな契約の形で働いている人がいる。何社もの事業者を経由して仕事を受けている人もいれば、それより短い契約関係の中で仕事をしている人もいる。

けれど、契約までの経路が違うからといって、実際に荷物を届ける人の報酬に、それと同じだけ大きな差があるとは限らない。

Amazonの配送でも、契約の形や仕事を受けるまでの経路が異なるドライバーが、同じ物流の末端で荷物を届けている。

そこで見る必要があるのは、間に何社入っているかだけではないと思う。

最後に荷物を持って走っている人へ、

実際にいくら届いているのか。

そこまで見なければ、「多重下請けを減らしたから問題は解決した」とは言えない。

途中の構造と、末端に届く最終的な金額。
この二つを一緒に見て初めて、運ぶ仕事に適正なお金が届いているのかが見えてくるのだと思う。

9.「ドライバーの働き方を変える」を、現場まで降ろしてみる

国は、ドライバーの長時間労働を減らし、安全に働ける環境を作ろうとしている。

そして当然、仕事の途中には休憩も必要になる。
これは安全のために欠かせない。

では、この「きちんと休む」という考え方を、実際の配達現場まで降ろしてみるとどうなるだろう。

決められた休憩を取る。

言葉にすれば、それだけのことに見える。けれど現場では、その休憩時間も含めて一日の荷物を配り終えなければならない。

荷物の量が多い。コースに時間がかかる。住所を探す。
渋滞にはまる。

そうした日でも、休憩時間そのものがなくなるわけではない。

ここで問題になるのは、

「休憩を取ることになっているか」ではなく、「休憩を取っても仕事を終えられるように設計されているか」

ということだと思う。

休憩をきちんと取った結果、荷物を配り切れない。未配達が増える。評価が下がる。
あるいは収入に影響する。

もしそんな仕組みになっていれば、ドライバーは安全のための休憩と、仕事上の評価や収入の間で迷うことになる。

だから、働き方を変えるという改革を現場まで降ろすなら、

制度を守れない人だけを見るのではなく、なぜ制度を守りにくい現場になっているのか。

そこまで見る必要がある。

「休んでください」と決めることと、「休んでも大丈夫な仕事」にすること。

似ているようで、この二つは同じではない。

10.「AI・DX」を、現場まで降ろしてみる

国は、人手不足や物流の効率化に対応するため、AIやデジタル技術の活用を進めようとしている。

自動運転、倉庫の自動化、物流情報のデジタル化。
そしてラストワンマイルでは、すでにデジタル技術なしでは仕事が成り立たないところまで来ている。

配達先を地図に表示する。届ける順番を示す。荷物をスキャンする。
配達結果を記録する。

会社によって仕組みは違っても、配送アプリはすでにドライバーの仕事の中心にある。

私は普段、AIが作ったルートを使って配達している。
便利になった部分は間違いなくある。

一方で、実際に走ってみなければ分からないこともたくさんある。

地図上では近く見える二軒でも、道路の構造によっては大きく回らなければ行けない。配達先を示すピンが、実際とは違う場所に立っていることもある。

地図上では通れるように見えても、配達車両では現実的ではない道もある。

AIが間違えること自体が問題なのではないと思う。

大切なのは、

現場で見つかった間違いや違和感が、次の配達に生かされる仕組みになっているか。

ということだ。

毎日その道を走っているドライバーは、AIが持っていない情報を持っている。

この道からは入れない。この家の入口はこちら側にある。
このピンは少しずれている。この順番では大きく遠回りになる。

そうした小さな情報が現場では毎日生まれている。

物流のDXを現場まで降ろして考えるなら、

AIを賢くするだけではなく、現場がAIを育てられる仕組みが必要なのではないか。

技術と現場をつなぐその部分まで作って初めて、AIは本当の意味で物流を支える道具になっていくのだと思う。

11.「荷主にも物流改善を」を、現場まで降ろしてみる

国の物流改革で、私が大切だと思ったことがもう一つある。

物流の問題を、運送会社やドライバーだけの問題にしないことだ。
荷物を運ぶ側だけではなく、荷物を出す側にも物流を改善するための取り組みを求めている。

考えてみれば、これは当然のことなのかもしれない。

ドライバーは、目の前にある荷物を運ぶことはできる。

けれど、その荷物がいつ出されるのか。どれだけの量が出されるのか。
どんな条件で運ぶのか。

それを決めているのは、ドライバーではない。

ラストワンマイルでも同じことが起きる。

どの時間帯に届けるのか。住所や配達先の情報が、どのような形でドライバーへ渡されるのか。
そして、何をもって「良い配達」と評価するのか。

こうした仕組みの多くも、現場のドライバーが決めているわけではない。

住所の問題も、その一つだと思う。

配達先の住所に必要な情報が足りなければ、最後に困るのは荷物を持ってその場所まで来たドライバーになる。
けれど、その住所を入力したのは配達の直前ではない。

もっと前に、ECサイトなどの注文画面で入力されている。

だとすれば、

「正しい住所を書いてください」と受取人に求めるだけで、本当に十分なのだろうか。

番地が足りない。建物名がない。集合住宅なのに部屋番号がない。

配達に必要な情報が不足しているのであれば、注文を確定する前の段階で、システム側が確認できるものもあるかもしれない。

現場へ流れてきてからドライバーが困るのではなく、

荷物が物流に乗る前に、届けられる情報になっているかを確認する。

これも、荷物を出す側から物流を改善するという考え方の一つではないだろうか。

現場だけでは変えられないものを、現場の努力だけで解決しようとしない。
それも、物流を持続させるために必要なことなのだと思う。

あわせて読みたい|ECサイトの住所入力を、仕組み側から考えた記事
【後編】配送トラブルをゼロにする!ECサイトが今すぐ導入すべき「入力規制」と「地図×AI体験」
【後編】配送トラブルをゼロにする!ECサイトが今すぐ導入すべき「入力規制」と「地図×AI体験」

第3部|調べてみたら、最初に見えていた景色とは少し違った

12.調べる前より、国の見え方が少し変わった

ここまで、国が進めようとしている物流改革を、実際の現場まで一つずつ降ろして考えてきた。

最初に私が持っていた疑問は、

現場を知らない人たちだけで、現場の未来を決めてしまって大丈夫なのだろうか。

というものだった。

正直に言えば、調べ始める前の私は、国が見ている物流はもっと大きな数字や制度が中心なのだと思っていた。

けれど、実際に調べてみると、少し印象が変わった。

国は、ただ「ドライバー不足だから効率化しよう」と言っているだけではなかった。

運送に本当はいくらかかるのかを考えるため、「適正原価」の仕組みを検討している。軽貨物についても、事故の増加を受けて安全対策を強化している。

物流の制度を考える場には、行政だけではなく、研究者や運送事業者、業界団体なども参加している。

調べていくうちに、

「国は現場のことを何も分かっていない」

と一言で片づけるのは、少し違うのではないかと思うようになった。

国もまた、物流で何が起きているのかを知ろうとしている。

事故を減らしたい。長時間労働を減らしたい。
運ぶ仕事に適正なお金が回るようにしたい。人が減っても物流を維持できるようにしたい。

むしろ今回調べてみて感じたのは、

思っていた以上に、国は物流を見ようとしている。

ということだった。

ただ、それでも一つだけ残るものがある。

制度を作る側が見ている物流と、今日、荷物を積んでその道を走った人間が見ている物流。
その二つは、やはりまったく同じ景色ではない。

国が見えていないからではない。

見ている場所が違うから、見えるものも違う。

13.それでも、現場からしか見えないものがある

国も、物流を見ようとしている。運送会社も、物流を知っている。

業界団体にも、長い経験と多くのデータがある。
研究者には、数字や調査から物流全体を見る力がある。

でも、それでも現場にしかない情報がある。

今日、この道は工事をしていた。この時間になると、この道路は混む。
このマンションは、入口から配達先まで思った以上に時間がかかる。

この家は、地図のピンが少しずれている。この順番で回ると、一度通った道をまた戻ることになる。

水を何ケースも持って、エレベーターのない建物を上がった。

一つひとつは、とても小さな情報だ。

けれど、そうした小さな出来事が毎日、全国の配達現場で積み重なっている。

その積み重ねの先に、配達にかかる時間がある。燃料の使用量がある。
事故のリスクがある。ドライバーの疲労がある。配り切れなかった荷物がある。

現場の小さな出来事が積み重なった結果が、大きな数字になって現れている。

だから必要なのは、どちらが正しいかを決めることではないと思う。

国には、国だから見える物流がある。事業者には、事業者だから見える物流がある。
そしてドライバーには、その日、その場所を走ったからこそ見える物流がある。

物流を知っていることと、今日そのコースを走っていることは、同じではない。

どちらか一方だけでは、物流の全体は見えない。

ここからは、

現場からなら、何を足せるだろう。

という側から考えてみたい。

坂のある住宅街で、配送車のそばに立つドライバーが街を見渡している。住宅や集合住宅の向こうには物流施設や幹線道路、山々が広がっている。

第4部|では、現場から何を足したいか

14.物流を変えるのに、サービスだけは変えないのか

国は、物流を持続させるためにさまざまなところを変えようとしている。

荷主にも協力を求める。荷待ち時間を減らす。多重取引構造を見直す。
適正な運賃を考える。ドライバーの働き方を変える。受け取る側にも行動の変化を求めている。

ここまで社会全体を変えようとしている。

だとしたら、一つだけ変わらないものがあっていいのだろうか。

企業が消費者に提供してきた「配送サービス」そのものだ。

早く届く。細かな時間を指定できる。玄関まで届く。
不在なら、もう一度届ける。

私たちは長い間、企業同士のサービス競争の中で便利になってきた。そして、その便利さを「宅配ならこれくらい当たり前」と思うようになった。

もちろん、今の物流問題をすべて企業だけの責任にすることはできない。

人口減少もある。ドライバー不足もある。EC市場の拡大もある。
社会そのものが変わった影響も大きい。

けれど、今の配送サービスを作り、便利さを競い、広げてきた企業もまた、物流を現在の形にしてきた当事者の一つではあるはずだ。

だから私は、

物流改革の傍観者であってはいけないと思う。

国が制度を変える。荷主が変わる。運送会社が変わる。
ドライバーが働き方を変える。受取人にも受け取り方を変えてもらう。

それなのに、

「私たちが提供するサービスだけは、これまでと同じです」

では、どこかおかしい。

もし今までと同じ便利さを維持するのであれば、その便利さを支えられるだけのお金と人と仕組みを用意する必要がある。
それができないのであれば、サービスそのものを見直すことも物流改革の一つではないだろうか。

運ぶ側だけを新しい物流に合わせるのではなく、提供するサービスも新しい物流に合わせて変わる必要がある。

これまで「当たり前」として提供してきた便利さそのものも、一度テーブルの上に載せて考える必要があるのではないだろうか。

15.同じ「1個」は、本当に同じ仕事なのか

個建てで働く軽貨物ドライバーの場合、荷物を1個届けるごとに報酬が発生する働き方がある。

けれど現場で走っていると、ときどき思う。

同じ1個でも、その1個を届けるための仕事は、本当に同じなのだろうか。

住宅が密集している地域なら、一軒届けて数十メートル移動すれば、次の配達先に着くこともある。

一方で、住宅が点在している地域では、一軒届けてから次の一軒まで何分も車を走らせる。
山間部なら、坂道や曲がりくねった道を走り、次の集落まで長い距離を移動することもある。

どちらも100個届ければ、数字だけを見れば同じ100個だ。

けれど、走行距離が違う。使う燃料も違う。車の消耗も違う。
必要な時間も違う。

荷物の個数だけではなく、その荷物へたどり着くまでに、どれだけの仕事があったのか。

配達は、玄関で荷物を渡している時間だけではない。
次の家まで走っている時間も、配達の一部だ。

都市部の1個。郊外の1個。山間部の1個。

荷物として数えれば、すべて同じ1個だ。

でも、

そこへ届けるまでの仕事まで含めれば、同じ1個ではない。

16.水1ケースも、封筒1個も「1個」なのか

同じ「1個」の違いは、届ける場所だけではない。

荷物そのものにも、大きな違いがある。

小さな封筒を一つ届ける。
では、水が入ったケースを一つ届ける場合はどうだろう。

荷物として数えれば、どちらも同じ「1個」だ。

けれど、ドライバーの仕事として見れば同じではない。

重い荷物を車から降ろす。抱えて建物まで運ぶ。
エレベーターがなければ、階段を上がる。

それが2階なのか、3階なのか、さらに上なのかでも身体への負担は変わる。

ケース飲料。米。ペットフード。
そのほかの重量物。

それらが何個も重なる日もある。

数字の上では、封筒100個も、重量物が多く含まれた100個も、同じ「100個」だ。
けれど、人間の身体にかかる負担まで同じになるわけではない。

「何個届けたか」は分かっても、「その100個がどんな100個だったのか」は見えない。

同じ「1個」という数字の中には、現場ではまったく違う仕事が入っている。

17.全国一律、最低250円という土台を作れないか

では、それらをすべて細かく計算して、一つひとつ違う単価にすればいいのだろうか。

私は、その前に必要なものがあると思っている。

全国一律で、最低でも1個250円。

まず、配達を完了した1個に対して、これを最低ラインとして設定する。

東京だから250円ではない。都市部だから250円でもない。

北海道でも、東北でも、関東でも、関西でも、四国でも、九州でも。
全国どこで配達しても、最低250円。

その土台を作れないだろうか。

ここで「250円」という数字だけを見ると、「さすがに高すぎるのではないか」と思う人もいるかもしれない。

でも、250円という個建て単価は、この記事を書くために突然思いついた数字ではない。

過去の軽貨物宅配の案件を調べてみると、実際に「1個250円」で募集されていた仕事がある。
2020年には、個人宅への冷凍物配送で「保証1万円+1個250円」という案件も掲載されていた。

現在でも、「1個250円」や「1個250円〜」という軽貨物配送の募集例は存在する。

もちろん、荷物の内容も、配達エリアも、1日に扱う個数も違う。

だから、

「昔の軽貨物は、どこでも250円だった」

という話ではない。

それでも、

1個250円という金額そのものは、軽貨物の世界に存在したことのない、現実離れした数字ではない。

第4章で見てきたように、軽貨物の仕事には燃料以外にも多くの費用がかかる。

車両。保険。タイヤ。オイル。
車検。修理。そして、いずれ必要になる次の車への買い替え。

今日生活できるだけではなく、数年後も仕事を続けられる。

そこまで考えた報酬でなければ、本当の意味で「適正な原価」を支えることにはならないと思う。

だから私は、250円をぜいたくな報酬として提案しているわけではない。

仕事を持続させるための最低ラインとして、全国一律で最低250円という土台を作れないか。

という提案だ。

ただし、250円ですべてを終わらせるという意味でもない。

広い地域を長い距離走る。山間部を走る。
重量物を運ぶ。階段を何階も上がる。

そうした負担まで全国一律250円の中に押し込めば、結局また「すべて同じ1個」に戻ってしまう。

だから250円は、完成した料金ではない。

全国共通の「床」だ。

まず、どこで荷物を届けても最低250円。
その上に、距離や地域、重量、階段など、実際の仕事の違いをどう反映するかを考える。

末端で荷物を一つ届ける仕事にも、

「これより下にはしない」という最低ラインがあってもいいのではないだろうか。

合わせて読みたい
ラストワンマイルの崩壊を防げ。全国一律『最低1個単価250円』が日本の物流を守る唯一の道
ラストワンマイルの崩壊を防げ。全国一律『最低1個単価250円』が日本の物流を守る唯一の道

18.物流を支えるなら、「届ける場所」もインフラにできないか

荷物を届けるためには、車を配達先の近くまで持っていかなければならない。

けれど、実際に住宅街を走っていると、

配達するために車を一時的に停められる場所がない。

そんな場所は珍しくない。

もちろん、どこにでも自由に車を停めていいという話ではない。
だからこそ、短時間だけ荷さばきに使えるスペースや、配送車両が安全に一時停車できる場所を考えられないだろうか。

ECが生活の一部になった今、

荷物が届く仕組みは社会インフラのように使われているのに、その荷物を届けるための場所は十分に用意されていない。

物流を社会インフラとして支えるなら、

「どう運ぶか」だけではなく、「どこに停めて、どう届けるか」までインフラとして考えてもいいのではないだろうか。

19.「受け取る場所」も、物流インフラにできないか

配達車両を停める場所と同じように、もう一つ考えてみたい場所がある。

荷物を「受け取る場所」だ。

置き配を望まない人もいる。だったら、

安心して荷物を受け取れる場所そのものを増やす。

という方法もあるはずだ。

宅配ボックス。地域の受取拠点。
安全に荷物を保管できる設備。

そして、大規模な集合住宅なら、建物に到着したところで配達が終わるわけではない。

オートロックを通る。エレベーターを待つ。各階を移動する。
廊下を歩く。一軒ずつ玄関まで届ける。

ここでも、

「玄関まで届けること」を前提に建物を作り続ける必要があるのだろうか。

という問いが出てくる。

十分な数の宅配ボックス。宅配専用スペース。
管理された共同受取場所。

これから建てる大規模集合住宅なら、

そこへ毎日どれくらいの荷物が届くのかまで考えて建物を設計する。

道路に「届ける場所」が必要なら、建物や街には「受け取る場所」も必要になる。

最後に荷物を受け止める場所まで含めて、物流インフラなのではないだろうか。

住宅街の中に配送車が安全に停まり、ドライバーが荷物を運んでいる。周囲では住民が歩き、自転車が通り、マンションや受取設備が街の風景に自然に溶け込んでいる。

20.配達アプリそのものを、物流インフラにできないか

ここまで、道路や受取場所を物流インフラとして考えてきた。

では、毎日ドライバーが手に持っているものはどうだろう。

配達アプリだ。

いまのラストワンマイルでは、配送アプリがなければ仕事が成り立たない。

荷物を読み込む。配達先を確認する。地図を見る。
届ける順番を確認する。配達結果を記録する。

つまり配送アプリは、単なる便利な道具ではない。

すでに、物流の現場を動かしている一つの基盤になっている。

現在は、配送会社やEC企業などが、それぞれ自社の仕組みとしてアプリを作っている。それ自体は自然なことだと思う。

会社によって荷物も、サービスも、業務の流れも違う。
だから、それぞれの仕事に合わせたシステムが必要になる。

でも、ここで一つ考えてみたい。

配達アプリの目的は、「できるだけ多くの荷物を早く届けること」だけでいいのだろうか。

物流を持続させることを社会全体で考えるのであれば、アプリの中にも、安全や働き方という考え方を入れられるはずだ。

たとえば、決められた休憩を取る時間を最初からルートに入れる。休憩を取ったことで「遅れている」と判断されない。

危険なUターンや無理な右左折を減らす。長距離移動や山間部の負担を考える。
重量物や階段の多い配達が一人に偏りすぎないようにする。

地図のピンが違っていれば、現場から簡単に修正を送れる。

建物の入口や、車では入れない道路の情報を残せる。
そして、その情報が次のドライバーへ引き継がれる。

こうした仕組みがあれば、

アプリがドライバーを管理するだけではなく、ドライバーの経験によってアプリも育っていく。

そんな関係にできると思う。

さらに先まで考えれば、配送会社ごとにすべてを閉じる必要があるのかという問いも出てくる。

同じ道路を、Amazonの荷物を積んだ車も走る。ヤマトの車も走る。
佐川の車も走る。郵便の車も走る。

飲料や食品など、別の配送車両も同じ街を走っている。

会社は違っても、この道は車では入れない。この建物の入口はこちら側にある。
この場所には安全に停められる荷さばきスペースがある。

そうした情報まで会社ごとに別々に集め続ける必要があるのだろうか。

すべての配送会社が同じアプリを使う、という単純な話ではない。
企業ごとのサービスや競争は当然残る。

けれど、その下にある地図や道路、住所、安全に関する一部の情報については、

物流全体で共有できる共通基盤を持つことも考えられるのではないだろうか。

日本には、さまざまなIT企業がある。行政にもデジタル基盤がある。
物流会社にも長年積み重ねてきた配送データがある。

そこへ、毎日実際の道を走っているドライバーの情報を加える。

もしそうしたものをつなぐことができれば、配送アプリは一企業の効率化ツールだけではなく、

日本の物流を支えるデジタルインフラの一つになる。

大切なのは、どの会社のアプリが一番優れているかではない。

そのアプリが、何を「効率」と考えるのか。何を「良い配達」と評価するのか。
人の安全や休憩まで含めて仕事を設計するのか。そして、現場で生まれた情報を次の物流へ生かせるのか。

AIやDXを進めるなら、

人をシステムに合わせるだけではなく、システムの側も現場から学び続ける。

そんな配送アプリが、これからの物流には必要なのではないだろうか。

21.表札がなくても届く住所と、現場が育てられる地図へ

配達アプリがどれだけ進化しても、元になる住所や地図が正確でなければ、正しい場所へはたどり着けない。

そこで次に考えたいのが、住所と地図だ。

配達の現場では、ときどき住所だけでは届け先を特定できないことがある。

同じ番地の中に複数の住宅がある。どの家がどの住所なのか判断しにくい。
そんなとき、最後の確認材料として表札が使われることがある。

けれど、防犯やプライバシーのために表札を出したくない人もいる。

だから、

表札がなくても住所だけで正確にその家へたどり着ける社会にできないだろうか。

そのためには、配送地図を正確にするだけでは足りない。

その前に、

住所そのものを、場所を正確に特定するための社会インフラとして整えていく必要がある。

物流だけのためではない。

郵便。救急。消防。行政。
さまざまな人やサービスが、住所を使ってその場所へ向かっている。

そして、その土台が整った上で、実際の現場で使う地図も育てていく。

ピンが違う。入口が反対側にある。
地図では通れるように見えても、実際には配達車両では入れない。

こうした情報は、実際にその場所へ行った人だから分かる。

ドライバーが間違いを見つけたら簡単に報告できる。確認された情報は地図へ反映される。
次に来る人は、その情報を使って正しくたどり着ける。

住所は、社会が整える。
地図は、現場の情報でも育てていく。

人の名前を頼りに家を探す物流から、場所そのものを正確に届け先として扱える物流へ。

住所と地図の両方を整えていくことも、これからの物流を支えるインフラの一つではないだろうか。

22.なぜ「二回目」ばかりを見ているのだろう

国は、再配達を減らそうとしている。

その方向には、私も賛成だ。
そして世の中では、再配達を有料にしてはどうかという議論もある。

けれど、

なぜ「二回目」のコストばかりを見ているのだろう。

一度目の配達にも、すでにコストは発生している。

荷物を車に積む。配達先まで車を走らせる。停められる場所を探す。
車から荷物を取り出す。玄関まで歩く。インターホンを押す。

そこで不在だったとしても、それまでに使った時間や燃料が消えるわけではない。

ところが、個建てで働くドライバーの中には、

一度目にそこまで仕事をしても、配達を完了できなければ、その荷物の報酬が0円になる働き方がある。

再配達を減らすだけではなく、

一度目で配達を完了できない荷物そのものを、できる限りゼロに近づける。

そして、それでも一度目で完了できなかったとき、そこまでに行われた仕事を本当に「0円」として扱っていいのか。

一回目をどうすれば一回で終わらせられるのか。

そして、

一回目にすでに行われた仕事を、どう扱うのか。

再配達の問題を現場から見ると、本当に考えなければならないのは、その二つなのではないだろうか。

合わせて読みたい
【現役ドライバーの告発】なぜ不在1回目は0円なのか。日本の物流を壊した“大手の過剰サービス”という罪
【現役ドライバーの告発】なぜ不在1回目は0円なのか。日本の物流を壊した“大手の過剰サービス”という罪

第5部|最後に残るのは、人と現場の声

23.物流改革の最後に残るのは、人だと思う

ここまで、物流を持続させるために必要だと思うことをいくつも考えてきた。

運賃。道路。受け取る場所。配達アプリ。
住所。地図。再配達。AI。

でも、その仕組みを最後に動かすのは人だ。

だから物流を持続可能にするというなら、

そこで働く人自身が、持続可能でなければならない。

休憩が必要なら、休める。体調が悪ければ、休める。
有給休暇があるなら、実際に使える。

生活できるだけの収入があり、仕事を続けるための費用も残せる。そして一日の仕事が終われば、家へ帰れる。

どれも特別なことではない。

普通に働くために必要なことだと思う。

けれど、

「制度としてある」ことと、「現場で使える」ことは同じではない。

休憩を取る決まりがあっても、休めば荷物が終わらない。休めば評価が下がる。
休めば収入が減る。

そんな仕組みなら、制度の上では休めても、現場では休みにくい。

だから必要なのは、権利を増やすことだけではない。

その権利を使っても、不利益にならない現場を作ることだ。

物流は365日動いている。

だからといって、同じ人が365日無理をし続けることで物流を維持することはできない。

365日物流を止めないためには、そこで働く人を365日無理させない仕組みが必要なのだと思う。

最後に、その仕組みの中で働く人が続けられなければ、物流は続かない。

物流改革の最後に残るのは、やはり「人」なのだと思う。

24.私たちドライバーは、指をくわえて見ているだけでいいのだろうか

この記事を書き始めたとき、私の中にあったのは一つの疑問だった。

現場を知らない人たちだけで、現場の未来を決めてしまって大丈夫なのだろうか。

けれど今回、国が物流をどう変えようとしているのかを調べてみて、最初に見えていた景色は少し変わった。

国も物流を見ようとしている。事故を減らそうとしている。長時間労働を減らそうとしている。
運ぶ仕事に適正なお金が回る仕組みを作ろうとしている。

荷主や物流事業者にも変化を求めている。人が減っていく中でも、物流を続けられる方法を探している。

それを知ったとき、最初の問いを国だけに向けて終わるのは違うと思った。

今度は、私たち現場にいる側にも問いを返さなければならない。

新しい制度ができる。現場まで降りてくる。
そこで初めて、「現場のことを何も分かっていない」と文句を言う。

でも、その制度が作られる前に、

私たちは現場から何を伝えただろう。

今日、この道で何が起きたのか。なぜこのコースに時間がかかったのか。
なぜ一度目で荷物を届けられなかったのか。なぜ休憩を取ることが難しかったのか。

なぜ同じ100個でも、一日の負担がまったく違ったのか。なぜAIの示したルートでは走りにくかったのか。

現場には、毎日たくさんの情報が生まれている。

一つひとつは小さい。愚痴にしか見えないものもある。
けれど、その理由まで掘り下げれば、物流を変えるための材料になるものもある。

国には、国だから見える物流がある。事業者には、事業者だから見える物流がある。
研究者には、数字から見える物流がある。

そして私たちには、

今日、その荷物を持って、その道を走ったから見える物流がある。

物流を知っていることと、今日そのコースを走っていることは、同じではない。

だから、どちらかがどちらかを否定する必要はない。
足りないところを、現場から渡せばいい。

制度ができてから文句を言うだけではなく、制度が作られる前に、現場で起きていることを伝える。

問題だけを投げるのではなく、

「こうすれば変えられるのではないか」

というところまで考えてみる。

この記事で書いてきたことも、正解だとは思っていない。

全国一律最低250円という考え方も。道路に配送スペースを作ることも。
受け取り場所をインフラとして整えることも。

配達アプリを物流インフラとして考えることも。住所を整備することも。
現場から地図を育てることも。

もっと良い方法があるかもしれない。

それでも、現場から見えているものを出さなければ、検討する材料にすらならない。

物流はいま、大きく変わろうとしている。

国も動いている。企業も変わらなければならない。
荷主も、受取人も、物流に関わる人たちも、少しずつ変わっていくことになると思う。

だったら、その変化を外から眺めながら、

「また現場を分かっていない制度ができた」

と言うだけでいいのだろうか。

私たちは毎日、物流の一番先を走っている。
だからこそ、そこから見える景色を伝えることができる。

私たちドライバーは、指をくわえて見ているだけでいいのだろうか。

私は、そうは思わない。

ABOUT ME
おとが ちはや
おとが ちはや
AIと現場から物流を再設計する配達員|おとが ちはや
現役ラストワンマイル配達員「おとが ちはや」と、物流を観察するAIロボット「ロジー」で運営するブログ。 現場の視点とAIの視点から、日本の配達の「当たり前」を少しだけ見直しています。
記事URLをコピーしました